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ようこそ!第弐帝都対策部へ!

「やー忙しい忙しい!」
 梅雨も近づいてきた今日このごろ、湿気に呆れながらうちわをパタつかせつつ、第弐帝都対策部の部長たる匙・当適は書類の束と向かい合っていた。片手でサインを次々とこなす、主に物資関係の書類だ。内容はきちんと目を通しているのであろう、大きなピンク色の瞳はせわしなく動いている。
「ここのところウロ組合も活発になってきな臭いでありますからねー」
 よっこいしょと書類の束を持ってきたハラナキに、匙はうげぇと大きいかつ情けない声を上げた。
「次は人のリストか……」
「そうでありますよー、増員のためと仰ったのは、そもそも匙殿ではありませんか」
「そうなんだけどさぁ……向こうも、もうちょっと手心を加えて欲しいよ……」
「地上は人は足りない、物資も足りない。一方で地下はなんでもありでありますからね。一度潜れば地下の天国とはよく言ったものであります」
 と、サイドテーブルに書類の束を乗せて、それからハラナキは匙に向かい合った。
「……それで、国粋革新会の動向についてなのでありますが、十中八九ウロ組合の後ろにいるでありますね。まずはウロ組合を攻略しないと、『奥』へは進めないかと」
「やっぱりかぁ」
 はぁ、とため息をつく。
 アナグラでたむろしているゴロツキ集団『ウロ組合』――昔からきな臭い動きは見せていたが、ここのところ急速に力をつけており、それが解体されかけた財閥が地下に降りたと同時に発足した国家転覆組織『第弐帝都国粋革新会』によるものだ、ということがここにきてはっきりと分かった。
 ウロ組合が起こすトラブルは多種多様にある。
 人拐い。文字通り地上から人を拐う者。
 ショバ代取り。アナグラ内は自治的な場所であるが、過度な金銭の徴収が横行しているという。
 奇怪絡繰の暴走。アナグラの中で機械づくりに励む『奇怪党』の人間でも、おかしな暴走を見ているという。
 そして戦場帰りの異能力者が暴走しているとの話――。
「厭なもんだね」
 ぼそりと呟いた匙に、どうしたでありますか? と聞かれて、感傷に浸っていただけ! と匙はすぐに返答した。
「それにしても区切が人のアテがあるって言っていたね。どういう風の吹き回しなんだろ?」
「異世界から人を呼ぶとかなんとか言っておられましたが……いやはや、グリモア猟兵というのはすっさまじいでありますな」
 のんびりといいつつもとんでもない会話が交わされている。
「……で、盗み聞きしているの誰だい?」
「げ」
 低い男性の声、すでに追跡の姿勢を見せているハラナキを見たのか、自ら顔を出した。
「キミは……。ごめん、誰?」
「巻端だよ! 先月そちらへ取材に来た!」
「ああ、あの記者さんかぁ! 何? 国家の陰謀なんてここは扱っていないよ!? 帰った帰った!」
「ふん。もう良い話は聞けたもんな。国家の陰謀はアナグラの中にあるんだろ? だったらそっちの取材に行くまでさ」
「はぁ……って待って、そんな軽率に行かないでぇー! 警察の責任問題とか問われるからー!」
 ズカズカと立ち去ろうとする巻端に、不器用に義足で立ち上がる匙。
「あ! そこのキミ! その人止めて~!」
 そうして訪れた『誰か』に、声をかけるのであろう。



 アナグラの中、冷蔵施設で文字通り頭を冷やしているのはライデンだ。
「あー……? 誰だ? ライデン様の休憩時間にやってくる馬鹿愚かは~……」
「俺だ。区切」
「区切サン!?」
 がばっと起き上がり、ライデンは目を白黒させながら区切・終の姿を見た。
「は、ほわー? 何しに来たん?」
「奇怪絡繰の暴走事案について、だ」
「ダーメ。どんだけ解体して組み直してもミスは見当たらない。ライデン様が見ているから間違いない。それでも謎の暴走が起こる」
「……ジャミングか」
「そのセンだろうね。けど、ウチの奇怪絡繰に手ェ出すのは相当だ、むしろ……」
 ウチの機械をぶっ壊すために狙われている気がする、とはライデンの弁。
「人拐いにショバ代取り、『戦場帰りの亡霊』……これだけでも問題だらけなのにウチが迷惑かけるわけにゃァいかねェ! 協力できることはしてやるからよ! ……ところで区切サン」
「なんだ?」
「オマエが人助け自分からするってェ、こらまた珍し――あたっ」
「俺だって好きでやってるわけじゃない。ただ見過ごすのも放っておけないだけだ」
 ポコンと終の本で叩かれたあとぼやかれて、まぁなんだかんだ世話焼きでそういうところあるよな、と付け足したら、もう一撃がお見舞いされた。理不尽だという抗議も無視して、終は歩く。

 ――収拾がつきゃいいんだけどな。

 トラブルはたくさんある。どこにだって。

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