人でなしども
戦場で、いくつもの地獄を見た。元来持っていた異能力から特別な兵役にあてがわれるのは必然の流れとして、次々と斃れていく戦友達をおめおめと見届ける他なかった。そうすることしかできなかった。そうする他、なかった。おのれにできることは限られていて、こぼれおちるものを拾うこともままならず。もどかしい思いは次第に苦しみへと変わっていって、苦しみはやがて破滅への願望へと変わる。どうすればおのれは死にきれる? ただおのれで死ぬのでは面目が立たぬ。どこか戦場で――そして戦いの中で死ねればいい。
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「まーたロクでもないこと考えてるんだろう、この自殺志願者」
「……やかましい」
声をかけてきた儀間鷲・誉麗に、煩わしそうに眉間にシワを寄せるのは黒武者・徹だ。
「俺はそもそも自殺したいんじゃない。戦いの中で散りたいんだ」
「自殺と、どー違うんだよ」
「全然違う。せめて、戦友に誇れるように死にたいんだ」
「ふぅん」
あたいはそんなの分かりたくないけどね――そう言う儀間鷲は、元の位置に戻ると機械の山をいじっている。
「そういうお前も、地下に潜って何をそう急いで作ってるんだ」
「あたいの作ったもんは、全部戦争で消えた。地上に居たって、どうせ満足なモンは作れない。奇怪党みたいな狭っ苦しいところもゴメンだ」
そう言いながらどんどんと組み立てていく。
「――どんなささやかなものでも踏み潰されたくない。だったら自分から踏み潰すしかないだろう?」
出来上がっていくのはなんてことのない、可愛らしい絡繰人形だった。
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最初に焼かれたのは工場だった。絡繰人形を生み出す町工場は軍需工場に切り替えられて、空爆で焼失した。次に焼かれたのは自分達が作っていた機械、それからは戦争に関係のないものも焼かれていった。やめてと何度も叫んでも周りは構いもせず、それは人形を作るためのものだと説明しても取り潰された。そこに自分達の作るモノの尊厳はなくて――だったらいっそ、自分達が脅かす側になればいいのにと、いつしか思うようになった。報復の繰り返しなんて無為だと知っているのに、知っているからこそ力でおさえつけてしまえば愉快だと願った。
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家族は何よりも大切だった。家庭を支えるのにはカネ、そして家、我ながらそれだけは立派だったように思う。それがあっという間に火にまかれて、守るべきものも、守るべきものを守るものもすべて一度に失せた。何度も自問自答する、あのときにどうすれば良かったのか――守るべきものが居ない今、カネを集めるのは滑稽だと思いながらも、妄執のように集めていた。集めればもしかしたら過日のような輝かしい日々が戻るかもしれないと思って――そんなはずはないのに。
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「一杯いかがです?」
酒瓶を掲げるのは軒・ミヂカ、虎屋・獅鉛はそれに答えて隣を空ける。
「そっちの調子はどうや?」
「ま、ぼちぼち。『お嬢様』と『お坊ちゃん』の満足の行くようにやるまでさ」
おじさんは使いっ走りだからね――そう言う。
「戦地では人扱いされなかったもんでね。まさか自分が人を人扱いしない立場になるとはねぇ」
こういうの、何かそういう研究結果とかあったっけ、さぁ知りませんな、なんて中身の無い会話がある。ただ、虎屋はすべて戦火で喪い、軒は戦地で何か大切なものを喪った、それは事実だった。麻痺した感覚は今更元に戻せる気もせず、国粋革新会が言っていることもどこか空想じみていることを理解しながら、二人は酒を飲み明かす。
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戦場は人を変える。温厚に見えた同僚はおのれを殴り蹴り、上司は当然のように部下を使い捨てる。そんな場所に居た。ひとつの失敗も許されない中で、失敗をおそれて失敗する。その度に殴り、蹴られ、復員したときは戦争に負けた者として石を子供から投げられた。勝てなかった。勝てる戦争ではなかった。戦場の劣悪な環境をどれだけ説いても、内地の人間は空爆を食らっているのだ、手放しに戦地の苦労を労ることもできぬ。知ってはいる末路だった、だからこそ憎くて憎くて憎くて――いつしか笑顔を盾にして、いっそこの国がまた滅茶苦茶になれば愉快だと、地下に降りた。
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人でなしどもは、今日もアナグラを闊歩する。
いつしか破滅が来ると知っていながらも、どうしてそれを止められよう、おのれの中の衝動は未だ止められず――どこかで期待しているのかもしれない。この暴走し始めている衝動を、誰かに止めてもらえる日を、それぞれの焼け跡を抱えながら。