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地下の喧騒

「いつだって、慣れないね」
 義足の片足を指すのか、それともこれから向かう場所を指すのか、いまいち分からない風に言いながら、匙・当適は列車の中でこぢんまりと座っていた。列車が止まる音に、少し不器用に身のある方の脚から立ち上がる。駅のホームには第弐帝都の文字の上に乱雑に赤いペンキで、アナグラと書かれていた。
「いたずら書きは困るでありますな~」
 ペンキをごしごしと雑巾で雑に拭きながら、降参のポーズを取るのはハラナキだ。バケツと洗剤を隅に置いて、あとの処置は清掃係に任せることにしよう。
 さて、今回、第弐帝都対策部の部長――つまるところ重役中の重役たる匙と、広報兼戦闘員のハラナキがわざわざ地下へ訪れたのは、ウロ組合と『交渉』するためであった。今やかつての第弐帝都と謳われたニホンの栄光は無く、ただ『アナグラ』と呼ばれるこの場。ここを牛耳っているウロ組合は、対策部としては頭の痛い存在であった。噂によれば国家転覆を狙っている者も後ろにいるだとか……。そのようなトラブルを地上に持ち込ませるわけにはいかず、今回の交渉は相手の目的を聞き出すことであった。



 大きな電球、或いは提灯で照らされる中を歩いていく音がふたつ。不格好に塗装された地下を歩いていく。
 地下の中は街が広がっている。広い地下空間の中、所狭しとバラックのような建物から、日本家屋もどきが並んでいて、ごちゃごちゃとしている光景はまるで混沌としている。その中をすいすいと慣れたように先導するのは、アナグラ育ちのハラナキだ。彼女はここで生まれ、ここで育った孤児。誰のところで生まれたのやら分からず、ここの人間に揉まれて育った。
「おうおう、対策部部長サマが護衛一人だけとは、随分だなァ!」
 ウロ組合の人間が、対策部の腕章と制服を着て目立つ匙とハラナキの二人を確認すると、どやどやと現れる。さまざまな格好をしているいきりあがっている連中。それを匙はぐるりと見回した。
「ううんと、そちら様の偉い人とお話したいのだけれども」
 ふにゃりと困ったような笑顔を浮かべる匙は、続ける。
「ボクは約束通り来ましたよ。お話させてくれると幸いです」
「誰がそれを本気にするかよ!」
 ギャハハ! という笑い声、ハラナキに向けて匙は肩をすくめる。
 ――想定していることではあった。ウロ組合とは、一年前に対策部が結成されてから今日まで、こんな具合で真っ当な話し合いは進んだ試しがない。
「それじゃあボクらは退散で――」
「おいおい、お偉いさんをわざわざ連れてきて、そのまま俺らが放っておくと思うか?」
「そりゃあ、お話できないのなら退散するしかないし」
 苦笑いしてみせる匙に、ウロ組合は笑いを浮かべると、日本刀や棍棒などの物騒なものを構え始めた。その内の一人は錫杖を手にしていて、リンとそれを鳴らすと、目玉が一つの異形が現れる。――妖怪、その中でもウロと呼ばれるモノ。ウロ組合の名前の由来でもある。
「そら! かかれ! 部長ともなれば大捕物だ!」
 大捕物するのはこっち側なんだけれどもなぁ、なんて匙はぼやきながら、匙の前に武器を構えたハラナキが立ちはだかる。片手で日本刀を抜刀、片手で短銃を手にする。向かってくるウロをハラナキは短銃で威嚇射撃したのち、滑り込むようにその足元へ駆けた。威嚇射撃では動じない相手。ではその刀で切り上げる。ウロはその攻撃で少し姿勢を崩しながらも、ハラナキに一撃を加えようと大きな音を立てて地面へと拳を振り下ろした。地響きが鳴る。
「おいおい、オレまで巻き込むな!」
 ウロ組合の一人が悲鳴を上げる、大振りな攻撃はどうやら味方を巻き込みがちらしい。ハラナキはそれを確認すると、ウロ組合の合間を縫うようにして走り、ウロが拳を振り下ろす度にウロ組合を巻き込むように狙う。しかし――。
「おい嬢ちゃん! ウロに夢中なのはいいが、大事な相手を忘れんなよ!」
 笑い声とともに振り返れば、匙の元に駆け寄るウロ組合が数人。
「ハラナキ、そろそろ切り上げよう」
「了解であります」
「何言って――」
 匙を袋ただきにして捕縛しようとしたウロ組合は、はたと気づくと、その場からハラナキのみならず、匙も忽然と消えていた。



「困るねえ」
「困るでありますね~」
 対話が効かないというのは、文明的手段が効かないということである。戦後のこのニホンの中、憲法も敷かれた中で、地下は自治的でありつつも、地上の常識が通じない無法地帯だ。ただでさえ地上も混沌としているというのに、これ以上の混乱は招くわけにはいかない。
「さて、と。それじゃあ今回も収穫無しかな」
 伸びをする匙に、ハラナキはふとたずねた。
「そういえば、匙殿の術はいったいどこ由来のものでございますか? いつもすごい術だと思うであります」
「んー……ナイショ!」
 笑ってみせる上司に、相変わらず何も知れない人だ、とハラナキは武器を収めながら考えつつ、列車に乗り込んだ。

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