夢物語
戦争に出なかったのは、おのれが一家の長子であるから、という理由が大きかった。跡を継ぐべき家があるから、という理由で、虎屋・獅鉛は自宅にて茶を飲んでいる。次男坊や三男坊、見知った親戚の男衆は大体が戦争に出ていった。彼らが頑張っているといのに、おのれは呑気なものだと感じる。
「ずいぶんさみしくなりますなぁ」
「帰ってきた時にはたんと美味いもん食べさせるさかい、いやぁ、ワイだけ残ってもしょうがないっちゅうに」
違いない、と使用人の老人はハハハと笑う。
この時はまだ呑気なものだった。日本列島に、海の外から戦闘機が来るだなんて、そんな想像もしていなかったものだから。
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――だから、燃えた。一切が。
立派な日本家屋は焼失して、使用人の老人は逃げ遅れて死んだ。家財は燃え去って、銀行に預けていたものもどうだか、と火の海を見ながら妙に冷静な考えがそこにあり、それから、これからどうしようと考えた。ここにまで火の手が来るのであれば、実際の戦場はもう――首を振る、一切の家財が燃えるのを、いつも朗らかな笑顔を浮かべる男は無表情に眺めていて、ああ、ここから立て直せる術はあるのだろうか? 次第に火は消えて、焼け跡の中を歩く。兄弟も、父も、母も、親戚も――何もかもが燃えたのだ。
戦後、第弐帝国国粋革新会というところに誘われたのは、虎屋の持つ少し不思議な能力と、元の家柄で人の指揮をとっていたから、と言われた。
「そんなに買われることちゃいますけれどもね」
「虎屋家――知らない家ではないぞ」
勘解由小路・武の真っ直ぐな目に、参ってまうなぁ、と一言。……虎屋家は、知る人ぞ知る、言ってしまえばやくざ者の家系だ。
「ま、好きにやらせてもらいますけれども。拾ってくれて感謝やな~」
そんな風に軽口を叩きながらも――国家転覆、無謀なことだとは知りつつ、しかし拾った相手の目は真剣そのものだった、だからおのれも真摯に返そうと思った。
かつての栄華は手に入るのだろうか――否、それこそ一番無謀だろう。心に抱えている焼け跡はもう消えるものではない。だからこそその手を取るのだ、夢物語だろうと、かつての『強い国』を、その目に夢見てしまったおのれが居たから。