敵の姿
「っしゃァ! ライデンの泣きっ面はいつ見ても気分が良いねェ!」
その女は、双眼鏡で暴れる奇怪絡繰を見て愉快そうに笑う。
「……そろそろ撤退するぞ」
「……ったくよォ……ここからが良いってのに」
呼ばれた女は、仕方なく男のあとをついていく。
女を連れる白髪の男は未だ取れぬ包帯を忌々しそうにしながら、手早く退路を進む。
「なんでこのあたいが、こんな風に逃げ隠れしなきゃならないんだ……」
「仕方ないだろう、ただでさえ俺達はフクロウに目をつけられている。見つかって束縛されてもみろ、俺はともかく、お前は奇怪絡繰で武装しないとあっという間にお縄だろう?」
「ぐ、ぐぬぬ……」
そこでパシャリと写真が撮られる音。
「……!? 誰だ!」
その声に答える者はなく、咄嗟に包帯の男は追いかけようとするが、すぐに『護衛対象』が居ることを思いだす。
今のが銃撃でなくて良かったが――おのれが不覚を取る相手とは――?
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「さて、匙部長! この特ダネをどうだい! 『戦場帰りの亡霊』と女の駆け落ち!」
「……これは……」
自信満々に写真を見せる巻端・磯路に、匙・当適は眼鏡を思わず掛け直して凝視する。
「……どこで撮ったんだい……?」
「へへっ、そいつは企業秘密――」
「――その二人、国粋革新会の人間なんだよぅ!」
「……へ?」
「『戦場帰りの亡霊』もその女の人も――ちなみにその女性は奇怪絡繰のメカニックだ! バリバリ犯行現場なのになんで通報しなかったのー!?」
「え、ええっ、ええええ!? いや知ってりゃぁ俺もちゃんと動いたよさすがにね!?」
目を白黒させる巻端に、これだから地上の人間は、と匙は憤慨しつつも、事を整理しだす。
「まずその『戦場帰りの亡霊』は、黒武者・徹(くろむしゃ・とおる)。噂通りの戦地帰りだけれども、ちゃんと生きてる人間だよ。国粋革新会が土台を作るための資金繰りや人集めの時に不都合な事があれば戦う戦闘要員。――『死にきれなかった復員兵の戦い方』……と聞いて、キミはどう思う?」
「……自爆的な行動を取る、だとか?」
その通り、と匙は渋面を作り、巻端もまた苦々しい顔をした。体が傷まみれの巻端もまた『死にきれなかった復員兵』である、思うところはあるだろう。匙はその複雑そうな目の色を見ながらも、巻端の前に写真や人相書きを並べだす。
「きみも乗りかかった船だ、ボクらの顔くらい覚えていきたまえ」
「……こ、これも特ダネのためと思えば……! ようし、続けてくれ!」
「よろしい」
次いで、匙は巻端が撮った写真の、女の方を示す。
「この女性は儀間鷲・誉麗(のりまわし・ほまれ)。――元奇怪党の人間だったが、国粋革新会入りした異端児だ。奇怪絡繰の暴走にも絡んでるとぼくは睨んでる。どうしてこんなことに手を染めるようになったのだか……」
首をふる匙であるが、そうなってしまったものは事実である、致し方ない、逮捕するほかない。巻端も複雑な心境で写真を見る。
――この一見、勝ち気そうな女もまた、国をあるべき姿に、なんてくだらない盲信に付き従っているのか、それとも何か別の目的が――……。
「そんで、次は写真に写ってない組だね。こっちは虎屋・獅鉛(とらや・しえん)だ」
「こちらに向かって手振ってるんだけど。ていうか距離が近いんだが」
「そりゃ屋台の隣で撮らせてもらったからね。……さて、ここまで親密に接してくれるものの、所謂マインドコントロール系能力の持ち主。本来アナグラには存在しないショバ代取りをして幅を効かせているのがこいつさ。……こう見えて、怒るとべらぼうに怖い」
噂には聞いたことがあるな、ショバ代取り――アナグラに潜り出してから、それで取り立てられて困っている人間を何度か見た。
「そして最後に軒(のき)・ミヂカ。――地上からの人さらいはこいつが元締めをしていると見られている。とはいえ、裏付けが取れていないから、そこからだね。整理すると――」
と、黒板に匙は整理をし始めた。
黒武者・徹(くろむしゃ・とおる)――通称『戦場帰りの亡霊』、国粋革新会の戦闘要員。戦闘力が高い。
儀間鷲・誉麗(のりまわし・ほまれ)――国粋革新会の奇怪絡繰メカニック、奇怪党の奇怪絡繰の暴走と関連があると睨まれている。
虎屋・獅鉛(とらや・しえん)――国粋革新会絡みでショバ代取りをしている。悪質なため取り締まりが必要。マインドコントロール系の能力アリ。
軒・ミヂカ(のき・―)――地上からの人さらいの元締めとされる。元部隊長らしく、配下に注意。
「……と、ウロ使いの元締めや、人さらいされた先がどうなっているかがまだ不透明、って感じだ。それと、国粋革新会のツートップをとらえきれていないしね」
「……これから調べを進める感じかぁ……成程な」
「ところでさ、キミ」
「うん?」
「……前線の諜報部隊帰りの技術、こんなところで使う?」
「アー……そこまで身辺調査してるのか」
「巻端・磯路。……ま、キミが国粋革新会絡みじゃないのは確かだ。けれども、余計なトラブルを持ち込むんじゃないよ!」
はーい、という空返事、はたしてどこまで聞いているのやら。
「ともあれ、そろそろボクらは彼らに対して攻勢に出ようと思う」
静かに、匙はそう言った。
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「ちぇっ、結局奇怪絡繰は止められちまったよ!」
「まぁま、そう言わずに。酒でもいかがです?」
むくれている儀間鷲に、軒はニコヤカに酒をふるまう。すでにアルコールがいくつか入っていて顔の赤い儀間鷲、虎屋は酔いすぎんでなーと声をかけていた。
「しかし、どうしたものか。そろそろフクロウもこちらの起こす事に対して対処療法をしているだけでは済まないだろう」
「ええやんか。――向こうが攻めてくるのなら、こっちも攻め返すまで。吠え面かかしてやりましょ?」
それで済むといいんだが――黒武者はある種の覚悟をもって、前を見ていた。