最低な男
軒・ミヂカは、戦場ではまるで人扱いを受けなかった。
階級は低くはなかったが、かといって隊長や副隊長といった格ではなかった、だから上官の八つ当たりで叩かれたり、蹴られることもあったし、失敗をすれば同僚から強く責め立てられた。下の階級の者はいつ自分に矛先が向くか分からず怯えていて、それを庇うようにしていたから、尚のこと怪我は絶えなかった。戦場で受ける傷よりも身内に傷つけられる傷の方が多い、笑える事実だった。とうてい人扱いされているとは思えず、もう感覚が麻痺したころにはおのれがそのような当てつけの対象になるのは構わなかった。そんな地獄のような日々に、終止符が打たれるのは唐突だった。
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部隊長以下、自分より上の上官の全員が死亡した。敵に乗り込まれたせいであり、指示を下される間もなく、あっという間に、そしてあっさりとおのれを虐げた者達は死んでいった。自分をじっとりと傷つけた癖に、死ぬ時ばかりはあっという間!
「はは……っくく」
「あの……軒殿……?」
思わず笑いが漏れるおのれに、これから部下となる者達はおずおずと声をかける。そうだな、まずは全員で生き延びて、他の隊と合流しよう! 妙に明るい声が出ていた。
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それから戦場から帰ってからは、周囲を威圧する日々だった。人を手なづけて加虐することに快感を覚えるようになった。ああ、分かっているとも、これが戦場で受けたことの裏返しだってことぐらい。次第に周囲からは煙たがられて、アナグラという場所の存在を知る。降りてからも態度は変わらないまま、手を差し伸べてきたのはなんでも国家転覆を目指す組織だとか――はは! なんだそれ、面白いな。あの戦場の惨状を知っておきながら、そんな風に言う? ……いいよ、付き合ってあげようか。不敵な笑顔を浮かべる軒・ミヂカは、なにからすればいい? そう聞いて、引き受けた仕事を聞いて――ああなんだ、ぼくのような最低の人間に、一番丁度良い仕事じゃないか。
そうして目を細めた。どうしてくれようね? 帰ってきてまで、ぼくはどこまでも、最低だ。