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過日の焼け跡

「タッちゃん、明日こそ、俺と祭りにいこう」
 笑いかけるは上納・景一郎、十二歳。上納財閥の跡継ぎとして時として蝶よ花よと育てられ、時として厳しく教育を受ける彼は、その身分もあって、『祭り』というものに、とうとう行くことがこの年まで出来ないでいた。
「……あのなぁ」
 ため息をついて呆れ返るようにしているのは勘解由小路・武である。彼の生まれである勘解由小路家は陰陽師の由緒正しき血筋の出であり、上納財閥とは今のところ、縁起担ぎなどで繋がっていると聞いている。勘解由小路の年の頃は十八で、六も年下の上納がけほけほと咳をするものだから頭を抱えた。
「ケイちゃん。風邪引いてるだろう?」
「楽しみすぎちゃって……」
 けほ、と咳をまたひとつ、今年の秋は寒くて、目当ての祭りの日は明日で終わってしまう。今年も行けないのだろうかと実に寂しそうにするものだから、勘解由小路はもう一度はあ、とため息をつくと、上納の前に顔を寄せた。
「明日までに治ったら、小細工して連れ出してやるよ」
「本当かい!?」
「ああ。ただし、治らなかったら……」
「うん、うん! 治すとも――!」



「タッちゃん、覚えてる? 俺が子供だった時に祭りに連れ出してもらったときのこと」
「ああ。本気で風邪を治すとは思わなかった」
 だから身代わりの術だの認識阻害の術だの使う羽目になったんだぞ――と続けて、しかし言葉の端には優しさがある。
「……あれから祭りが大好きになった。俺さ、やっぱり賑やかなのは嬉しいよ」
「だろうな。本当に楽しそうだった。――君は、人の賑やかさの中心に居るのが一番似合う」
 だから、と続けようとした言葉を、上納は人差し指で口元に手を当てる。
「『巻き込んですまない』、とかいうのは無しだぜ? 僕は好きでこの話に乗っかっている。危険も承知さ。それに、この第弐帝都に潜らなかったらグループは離散していただろうさ。俺は随分と寂しい人間になってたろうよ」
 勘解由小路は口元を引き締める。
「言いたいことは俺の方が色々あるよ。国家転覆をして、ニホン帝国の復活! ――口では、なんとでも言える。この国の上の人間がそもそも、そうだったじゃないか」
 意識の高いスローガンを掲げて、お国のために、バンザイ、そんな世の価値観はまるで変わっている。今は世界にへりくだって、誰しもが心に傷を負って生きている。
「俺はちょっと心配なんだ。お前がそういう連中と同じにならないか、さ」
「……憂慮しているのは、理解しているとも。……ただ、僕はやらなければ」
 そうでなければ散っていったもの達に面目が立たない。そんな心持ちでいた。



 あれは随分参っているな、祭りのように賑やかな第弐帝都――タッちゃんは頑なにアナグラとは呼ばないここを、上納は歩く。
 実際問題、国家転覆をしたとて、GHQによる政策が推し進められている今、海外からどのような影響を受けるか。
 派手な反乱を見せたとして、鎮圧させられるのがせいぜいだろう。そのような現実的な思考は上納にも勘解由小路にもある。それでも、足を止めるわけにはいかない、まるで終戦末期のニホンの泥沼と同じだ、自嘲の笑みが漏れる。
 ――だからやり口を変える。派手に攻めるのではなく、このアナグラの中から地上へ毒を染み出させるようにして、国を変えていく。気付いた頃には手遅れの毒が回るように、或いは武力で、或いは術で、或いは――。
「あーあ、厭になるもんだねぇ……」
 過日のたくらみごとのように、幼い心のままでいれたらどれほど良かっただろう。
 すべての財と人員が取り上げられると耳にした時の、心に焼き付いた焼け跡は、未だ治る傾向が見えない。全てがなくなると知った時の絶望ほど深いものはなかった、なかったのだ。だから勘解由小路にすがったし、勘解由小路もまた自分にすがった。そして――。
「『勘解由小路さん』がそろそろ会議開きたいってさ。それぞれ、今どうしてる?」
 おのれや勘解由小路にすがってくるものは他にもたくさん。
 『それら』に、上納は目線を向けた。



「……」
 目を閉じ、深く、そして短く息を吐く。勘解由小路は身の丈を知らない男ではなかった。今の時代でそれが成せるのか、不可能に近い力の差を先の戦争で厭というほど味わった。人としての尊厳は簡単に削られて、それは心の焼け跡となって人を歪ませる。歪んだ者がここにはたくさんいる、彼らを統べねばならないという想いと、利用して目的を果たすのだという想いと。
 ――虚勢でもいい、おのれのやることは国を変えることなのだと――その面持ちは、過日の幼き日のそれは消えて、『第弐帝都国粋革新会』のトップの顔へと変貌した。

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